コーチングに関する若干のメモと余談

2222-42

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2022年10月27日
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コーチングについての説明、コーチングに使えるGROWモデル、そして、コーチングをする人の不安やEMの悩みについて長々と話した記事です。

# 話すこと

本発表では、コーチングとはなにか、その手法として手っ取り早いのはないのか、ということについて話す。

余談として、コーチングに携わるにあたっての不安に関する心理学的な原因と対処方法のサンプル、EM業務とコーチングとの関連、上下関係に関する補足、といったことについて触れようと思う。

気軽な文章であり、ちょっとまとめた程度のメモであるので、読み物として楽しんでもらえればと思う。

# メンタリングとコーチングの違い

メンタリングとコーチングは同じような文脈で語られがちである。メンターやコーチというのは、なんだかどちらも「教師」と同じような役割を担っているように思える。実際、学校の部活動の「コーチ」は、教師が教師的な態度で実施していることがある。しかしながら、メンタリングとコーチングは、それをする側と受ける側との関係やメンターやコーチの行動の性質が大きく異なる。

メンタリングは、メンタリングをする側が知識や技術を伝え、指導する関係であり、教師と生徒との関係に近い。

一方で、コーチングはそうではなく、コーチングを受ける側の興味に追従していき引き出す関係であり、探索者(受ける側)と手助けをする人(実施する側)の関係に近い。

これらの関係性の違いは、PUSHするメンタリング、PULLするコーチング、とまとめることが可能である。

PULLするのがコーチングであるというが、ではどうPULLすれば良いのか。

# GROWモデルで構造化と明確化

コーチングをする上で、よく使われるモデルとして、GROWモデルがある。GROWモデルが期待することは、構造化である。

GROWモデルのGROWとは、Goal、Reality、Options、Wrap-upの頭文字を取ったものである。

GROW、それぞれのステップでは、以下のようなことをする。

  • Goal: 目的はなにか
  • Reality: 状況はどうなっているか
  • Options: 取りうる選択肢はなにか
  • Wrap-up: 話をまとめ、議論し、どのようなアクションを取るか

このモデルを暗に採用し使っていることも多くあるだろうが、暗黙的ではなく明確に使うと、コーチングする側もそれを受ける側も、構造化されていることによって、フォーカスすることがわかりやすくなり、また結果として次のアクションが明確になる。

# 実施する側の不安は、大抵、自己認識のギャップが問題であり、DK効果とインポスター症候群が関係する

コーチングを初めてする人は多少なりとも不安を感じることがあるだろう。その不安を無視しろとは言わない。しかしながら、その不安の根拠となるものはなにかを考えてほしい。

不安を感じるということは自分にその能力があるかどうかを疑ったということである。むしろ、コーチングの実施をお願いされたということは、コーチングをするに十分な能力や技能があると期待されていることである。つまり、自己認識に関してギャップがあることである。

ここで少し心理学の話をしよう。1つはダニング=クルーガー効果、もう1つはインポスター症候群である。

ダニング=クルーガー効果は、「完全に理解した」、「なんもわからん」、「チョットデキル」と言えば何を言わんとしているかわかるであろう。この「完全に理解した」のフェーズがダニング=クルーガー効果の心理的状態と一致する。能力の低い人が他人の能力を認識できず、自分のほうが優れていると考え、正しい自己評価ができない非合理的な心理現象が生じている状態をダニング=クルーガー効果という。

インポスター症候群は、ダニング=クルーガー効果とは逆に、自分を過小評価している。成功を自分の能力や実力によるものだと認知できず、評価してくれた人を騙しているように感じる状態のことである。自分の知っていることは他の誰もが知っていると思い込んでいることにもよる。

これら2つの心理現象・心理状態について、どのように対処すればよいか。それはギャップを埋めていくことである。ダニング=クルーガー効果への対処は、思っているよりも実際は難しいことを思考や議論を通して理解してもらう。インポスター症候群への対処は、自分の実力や知識を発揮する機会を通して、自分の実力や努力に気づかせる。いずれも認知行動療法みたいに思えるかもしれないが、こうやって対処する他ない。

さて、コーチングをする上で不安だと感じたことはその通りだが、その判断は本当に正しいだろうか? 一度バカの山を乗り越えてしまって、絶望の谷の中にまだ滞在しているのではなかろうか? 自分の実力や知識を発揮する機会を通して、自己認識にギャップがないかを確かめてみませんか?

# EMの業務の1つの情報収集の存在と、EMの成果の求めるところと一致するところによって、コーチングやりやすさが生まれる。

エンジニアリングマネージャーはしばしばコーチング業務を押し付けられるらしい。発表者は押し付けられてはいない。しかし、実際に1on1ではコーチングに近いことを必要に応じて実施している。なぜ、EMは、コーチングをお願いされたり、コーチングを実施できたりする場合が多いのだろうか。1つの仮説としては、EMのモチベーションとコーチングの成果とが一致するからである。コーチングの効果であるところの、成長を促したり、その人の活躍する機会を増やしたり、ということは、EMの成果の等式であるところのチームの成果の増大に直結するものである。この点に置いて、EMのモチベーションとして、コーチングのしやすさがあるのだろう。

さらに、エンジニアリングマネージャーの業務の1つに情報収集が、コーチングのGROWモデルのO、選択肢のところで一役買っていることも関連するだろう。

EMの業務は大別して、情報収集、意思決定、ナッジング、ロールモデルの4種類があり、情報収集は土台となるものであり、何よりも重要視されている。情報収集はフォーマル・インフォーマル問わず行われ、他のチームがどのような問題に取り組んでいるのか、どのように問題解決をしたのか、といったことを収集し続けることが要求される。

情報収集の活動によって、他のチームはこの問題にはこう解決していたが、今取り組んでいる課題と何が違うか、応用できるところはないか、もしくは、そのチームの人と相談して解決の糸口は見つかりそうか、と選択肢を提案できる。

もしマネジメント業務をやるキャリアプランを考えているなら、情報収集を、フォーマル・インフォーマル問わずにやる訓練をつけておいたほうがいいだろう。

# 上下関係に関する補足:健全な関係を作ることは可能である。ただし、友達ではいられない。

知識や経験に関するギャップがあり、尊敬を通り越して卑屈になってしまうことはある。これでは健全な関係とは言えない。相手への尊敬と、自分への自身が出てくる健全な関係を作ることが、PULL型のコーチングには求められる。そのためには、ダニング=クルーガー効果とインポスター症候群に振り回されない必要がある。コーチングがうまくできているところがあるということは、ギャップがあっても健全な関係を構築ができるということではある。

しかし、健全な関係が構築できるといっても、それは友達関係ではないことは覚えておかねばならない。上下関係があるということは、完全に対等とは言い切れない、どうやっても。良いときは、人はロールモデルを求め、悪いときは、スケープゴートを求める。そのことを忘れずにコーチングでよい関係を築くことが求められる。

# 参考文献

  • James Stanier(2020), “Become an Effective Software Engineering Manager”, the Pragmatic Programmers
    • 邦訳版、(2022), 『エンジニアリングマネージャーのしごと』、O’Reilly Japan
  • B. W. Fitzpatric, B.C. Sussman (2012)『Team Geek』、 O’Reilly Japan